• 長崎 浩

Photo:cameraworks by Takewaki

笠井潔 × 長崎浩 2014年3月

エッセイ

八ヶ岳南麓に、もう三十年も棲んでいる。
 高原に転居することにしたのは、東京の夏が暑くなりすぎたせいだ。街路がアスファルトで固められ、自動車やエアコンが普及し尽くした結果だろう。子供の頃は、行水や浴衣や団扇でしのげる程度の暑さだった。
 家を建てたのは海抜一〇〇〇メートルの森の奥。真夏でも三〇度を超えることは一回か二回だから、きわめて快適である。ただし夏が涼しい分、冬は寒い。大雪が降った今年の冬は気温も低く、もっとも寒い日は氷点下十七度まで下がった。
 夏も冬も、月に一度は定期的に上京する。東京で開かれる研究会に出席するのが主目的で、その前後に編集者と仕事の打ち合わせなどをすることも多い。
 四十年以上の付きあいになる長崎浩氏と、共通の友人だった小阪修平が急死したあと話したことがある。「われわれもいつまで生きていられるかわからないし、定期的に顔を合わせる機会を作りたいね」と。
 それで、四年前に長崎さんと叛乱論研究会を立ち上げた。メンバーの菩提寺光世さんに頼んで、会場には飯田橋の連合設計社市谷建築事務所を借りることにした。いまでは二十代から七十代まで、十人以上が例会に集まるようになっている。
 研究会をはじめてから長崎さんは『共同体の救済と病理』など、四冊もの著作を刊行している。若いメンバーから『虚構内存在』(作品社)の藤田直哉さんを先頭に、新しい書き手もあらわれはじめた。この七月には白井聡さんと笠井による、メンバー同士の対談本『日本劣化論』(ちくま新書)が刊行される。
 これからも毎月、飯田橋まで通うことになりそうだ。

笠井潔

ノイズ−アウラ/戯れ/制度 笠井潔「〈戯れ〉という制度」から